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こしかたの記 [読書感想文]

 鏑木清方好きなら必読の一冊だった。

こしかたの記 (中公文庫)

こしかたの記 (中公文庫)

  • 作者: 鏑木 清方
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 文庫

 鏑木清方本人の手による自伝でして、大体出生から明治の終わり頃までの話。登場人物や情景が大体どれかの作品のモチーフになっていたり、ある作品を描く時の気分や背景、何の展覧会に出品する為に製作したかが書いてあるのである意味本人の手によるガイド本。鏑木清方展に行ったり美術館の常設に収蔵品があると喜んだりしていましたが、本書を読んでから改めて美術館で買ったカタログを見ると理解が深まる。今までは小作品よりも大作の方が好きだったのですが、本書では挿絵画家時代の話が中心なのでむしろそちらが本職だった時期もあるのか。


 築地育ちだそうで当時の海が近いから海水を沸かした風呂屋の様子も、品川区にその名も海水湯と言うのがこの前までありましたが海沿いにはそんな風呂屋が多かったのだろうか。明治時代の築地と言えば外国人の居留区でもあったのでそんな話も。場所柄近隣に役者が多く通っていた学校にも後に歌舞伎役者になる様な役者の子供が通っていた事。母親が芝居好きで父親が娯楽紙の出版をしていたと言う事である意味英才教育的に芸事に詳しくなっていたのだな。

 歌舞伎も今でこそ伝統芸能ですが、明治時代では今でいうドラマや映画の位置づけでして当時の事件やらをワイドショー的に再現したりするのだなと。その芝居の内容を記録して新聞の記事にするのと、挿絵を月岡芳年が担当するのがその「やまと新聞」のウリでして、挿絵の作成方法が江戸の木版画から近代的な印刷術に変わる時代に旧来の手法なのが受けたとか。

 挿絵画家だけに原画を印刷物にする過程の解説も興味深い、錦絵は絵葉書のブームで廃れたそうですが挿絵の世界では原画をベースに彫って摺る木版画の手法も使っていた様で。私には写真活版やコロタイプ印刷と言われてもピンと来ないけど。芳年の弟子の水野年方が新聞挿絵の後を継いで、一時は陶器の絵付けもやっていた人で樋口一葉の「うもれ木」に絵付けの話が出るとか。清方の樋口一葉への入れ込みはかなりなものでして、たけくらべは暗記するほど読んだとか。私も一葉好きですが遠く及ばないな、一葉の墓にしなだれかかる美登利や一葉を描いてたなそう言えば。

 その水野年方に弟子入りするのですが、水野年方ってあまり作品は知らないなと思ったら日清戦争の錦絵は見た事があった。独立して挿絵画家として身を立てると作家と打ち合わせをして場面を描くのですが、すると相手が尾崎紅葉だったりする。何だか一流どころと仕事で交流し過ぎじゃなかろうか?当時の挿絵画家では冨岡永洗が一番人気だったとかですが、永洗の作品は春画しか見た事ない。そう言えば展覧会にはまず出ないけれども清方も春画は描いていた様な、許嫁のいる学生と許嫁の友人との恋愛ものだと言う「魔風恋風」と言う小説が学校で禁止された話なぞも出てくるのに。

 そして挿絵の仕事から展覧会への大作の仕事へ変えていこうと言うところで「続こしかたの記」に続くのですが、登場する画家の名と作品名が凄いので近代日本画好きとしては美術館で買い求めたカタログを広げつつ突合せをしながら読むと楽しいだろうな。私は専ら電車の中で読書をするのでそういう訳にもいきませんでしたが。池田輝方と蕉園夫婦の話や菊池契月の大作の話、安田靫彦なんぞは挿絵の時代からちょくちょく接点があった様で何度も登場する。近代日本絵画史の研究をしている向きなら読んで当然の様な本なのだな、当時の東京の風俗や芝居に読み物と言った娯楽の様子も良くわかる一冊でした。


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