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かしこ 一葉―『通俗書簡文』を読む [読書感想文]

 読了まで苦節半年くらい。

かしこ 一葉―『通俗書簡文』を読む

かしこ 一葉―『通俗書簡文』を読む

  • 作者: 森 まゆみ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2020/04/25
  • メディア: 単行本

 一葉記念館に行ったら生前に唯一刊行されたのが「通俗書簡文」とありその複製本を展示してあったのです、一葉記念館は展示物が複製品ばかりなのですが区立なのでそんなに予算はかけられないだろうね。それをいかで見ばやと検索したら本書がヒットしたので注文した次第、しかし全体の五分の三だけ収録しましたとあり少々ガッカリ。

 それは巻末に説明がしてありました。通俗書簡文は単行本ではなく博文館の日用百科全書と言うシリーズの内手紙の書き方が通俗書簡文だったとか、本当の実用書なので一冊丸々一葉が書いたのではなく男性著者の筆になる部分もあるとか。更に本書の筆者である森まゆみ氏が現代人には理解し辛い状況設定は省いたともあります、旦那が人力車で移動中に暴漢に狙撃されて負傷したなんてのは恐らく一生無縁な気がしますがシチュエーションは理解できるか。


 新年と春夏秋冬に雑の部と状況設定して文例が綴られています。そのいきなりの年始の文がね、修辞的な定例句をずらりと並べてある上に候文。女性向けの文例集なのに候文なのか?と思いきや巻末に紹介して本文中からは割愛された男性文の年賀状はほぼ漢文の候文なのでまだ女文の方が読めるか。明治20年代はまだ候文が使われていたそうです、あまり簡略化すると新聞の連載小説やら黄表紙本と言った大衆向けの戯作本ですら読むのが大変なので良くないなとも思うのですが、男女で使う単語や文体が異なり自分や相手の地位によって表現を変えるのも大変。文章を見ただけで性別や社会的な地位がわかるのでしょうけど。

 候文と格闘すると返事の文例まで載っているので読むのが大変、その後に森まゆみ氏の解説が更に続きます。その解説を読むと読み切れていなかった内容もわかり当時の時代背景や一葉のあるある的なエピソードも添えられていてとても勉強になる、解説のお陰で400ページ近い本になってしまいましたがそれが嫌なら全集本の原書を読めば良いし一般人向けにそれは辛い。鏑木清方の挿絵が添えられていたのではないか?と言う森氏の見立てですが、清方自身がこしかたの記でたけくらべは暗誦できる位読んだとあるんで本当なら素敵な話です。

 想定は中流家庭だそうで、大体下男や下女を抱えて夫は役人か店を構えているか実業家。1例だけ若い商店主がいたのが一番収入が低そうで時々は富豪と思われる人も、他方零落して旗本屋敷を二束三文で売り払う相談をする老婆も出てくるので身分が高いと言うよりも新興の商売人やら新政府ゆかりの人ばかり景気が良いのもわかる。年齢層は女学生から孫のいる高齢者まで、手紙の文例と言うよりも小説のプロットそのものなのでこれを膨らませていけば短編小説位にはなりそう。今と違い貧富の格差が物凄いので、下働きの女を斡旋して欲しいと言う依頼文に安月給の上に生涯独身と決まるようなものであると書かれてなるほどね。

 既に新進気鋭の女流作家として有名だった一葉を登用すると言うアイディア商法でして、一葉も印税欲しさに無理をしたのが寿命を縮めた一因では?と言う説も紹介されていましたが、元より読書や執筆を根を詰めてやっていたと解説にありさらにそれを文例の種にもしているのが何とも。実用書なので恋文は女学生同士の同性間でのやり取りしかありませんが巻末に一葉本人がしたためた恋文が掲載してありますね。

 郵便を使わず下働きに持参させる巻紙方式の手紙を想定しているものが多かったりと時代を感じさせます、原書に興味がある人は本書の様な解説付を読んでから全集に手を出せば良いんじゃないだろうか?一葉の手紙は筆書きで達筆過ぎて現代人には読めない。昨今のSNS文の真逆をいく雅な文体ですが、書きっぱなしはせず読み返して誤字脱字をチェックしろと言うのは現代人に通じるころです。感情に任せてSNSに書き散らした文で炎上する騒ぎが多い昨今ですから気を付けたいですね。


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